Fiache. Short Story
― なんでもない日の物語 ―

もしもし、久しぶり。

 どんよりとした厚い雲に覆われた夜空、僅かにちらつく白い雪。なんともロマンティックな、本日はホワイトクリスマスである。駅前に降り立った私は、睨みつけるように空を仰いだ。
「最悪だ……」
 もはやあと数十分で日付が変わろうという時間、クリスマスに浮足立つカップルの姿すら見えない。時折強く吹く冷たい風に身を震わせながら、せこせこと帰路に着いた。
 なぜ、クリスマスの夜にボロボロになりながら寒空の下を一人歩いているのだろう。悲しくなって長い長い溜息を吐いた。今年のクリスマスは土曜日だから、久しぶりに洋服でも買いにでかけて、駅前のおしゃれなケーキ屋さんでちょっとお高いショートケーキでも買って帰ろうと思っていた。毎日毎日夜遅くまで働いて家には寝に帰るだけの生活、たまには自分にご褒美を、と柄にもなく心を躍らせていたというのに。
 今朝、スマホのアラームが鳴る前にかかってきた上司からの電話。気分は急転直下、地底深くまでめり込んだが、普段は気の良い上司にどうしてもと涙声で懇願されてしまえば無視することも出来ず。そのままバタバタと忙しく働いて、ひと息ついた頃にはもう日が落ちていた。
 せめてケーキは買おう。まだ明かりがついていたケーキ屋に寄ってみれば、ちょうど閉め作業の最中だったらしく、いつもは色とりどりのショーケースはもぬけの殻だった。当たり前だ。今日はクリスマスなんだもの。予約もしていないでこんな遅い時間に、ケーキが残っているはずもなかった。
 頼りない街灯に照らされた暗い夜道を歩いていく。上手くいかないことばかりだ。東京の会社に就職して、地元から逃げるように上京してきた。最近は実家に連絡する暇もないくらいの忙しい毎日。後悔はしていない。仕事は大変だが楽しいし、充実した日々を過ごしている。強がりなどではなく、本心でそう思っている。ただ、そう。時々こうして暗い夜道を1人で歩いていると、どうしようもなく虚しくなる瞬間が、無いわけではない。
 アパートの階段を登っていく。たんたん、と乾いた音が響く。自宅の前で鍵を取り出しながら、ふと振り返って辺りを見回すと、飛び込んでくる光の海。というのは大袈裟だが、ちらほら見えるクリスマスカラーに飾り付けられた家々が、私の目にはやけに眩しく映った。
 懐かしいなあ。思い出すのは幼い頃の記憶だ。クリスマスになると、いつも父が家を派手な電飾で飾り立てた。凝り性だった父によって、我が家はちょっとした有名スポットと化していた。夜になると輝く我が家。思春期の頃は恥ずかしくて仕方なかったが、それも今はなんだか恋しい。クリスマス当日は母が腕によりをかけて料理を作ってくれる。クリスマスらしいチキンやおしゃれな小皿料理と一緒に肉じゃがやレンコンの煮物などの料理の数々が、机のど真ん中に置かれた真っ白なホールのショートケーキを囲むように並べられる。
 そんなかつての光景を懐かしみながら、暗い部屋の電気を点けた。部屋の隅に追いやられている、少し前に実家から届いた段ボールを視界に入れつつ、私は携帯を取り出した。

ゆきこFiache.編集部

Fiache.編集部。冬生まれで好きなひらがなは「ゆ」。趣味は読書、ゲームなど。三度の飯より寝ることが好きで、隙あらば寝ている。もはや睡眠が趣味といっても過言ではない。

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