Fiache. Short Story
― なんでもない日の物語 ―

星に願いを

読み物

 夜の冷たい空気が肺に沁みていく。町から離れた山の中、見上げた星空は息を呑むほど美しかった。

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 暗い帰り道、重い足取りでとぼとぼと俯きながら歩く。口を開くものは誰もいない。沈んだ心に、持っている荷物までずしんと重みが増していく気がした。

 ここ数か月は、大会に向けて朝から晩まで部活漬けの日々。厳しい練習、飛び交う怒号に精神的にも肉体的にもみんな疲弊していたが、この苦しい時間を乗り越えればきっと輝かしい未来が待っているはずだと、それだけを信じて頑張ってきた。
結果は、準決勝敗退。惜敗だった。誰もが今年は優勝できると信じていたにもかかわらず、あと一歩、及ばなかった。試合終了のホイッスルが鳴り響き、目の前が真っ白になった。相手チームの歓声が遠くに聞こえる。私たちはただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
 今思い返しても悔しくて涙が溢れそうになる。試合後の反省会でもお通夜のような空気が流れていて、いつもの明るい皆の姿は見る影もなかった。かくいう私も、あの時は皆を励ます元気はなくて俯いてばかりだったのだけど。

「あ、流れ星」

 唐突な誰かのつぶやきが、夜の闇にぽつんと波紋を作った。地面を見ていた私たちは、その声に引かれるように足を止め、一人、また一人と顔を上げた。

「……嘘つくなよ」
「いやいや、見たし! あったし!」
「でもないじゃん」
「そりゃ言ってから見るんじゃ間に合わないでしょ!」
「つーかこんな明るいとこじゃ見えるもんも見えんわ」

 さざ波のように、ざわめきが広がっていく。誰もが空を見上げて、好き勝手に話し出した。さっきまでの暗い空気が少しだけ和らいだような気がして、私はふと思いついたことを口にしてみる。

「……じゃあ、見えそうなとこ、行く?」

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 私は皆を引き連れて帰り道を外れた山の方へ歩いていく。同期のチームメイトなんかはなるほどね、というような顔で私の隣りに並んで一緒に歩いた。

「私らの代はね、部活終わったあとよくここ来てたんだよ」

 後輩たちに先輩風を吹かせている同期の姿を見ると、何か心のどこかむずがゆくなってしまう。私がキャプテンになったときも、仲間たちはこんな気持ちになっていたのだろうかと思うと少し気恥ずかしくなった。

「あ、」

 パ、と開けた視界に、飛び込む光の海。ぽかんと口を開けている皆の顔を見て、思わず笑みが零れた。
 
「ふふん、綺麗でしょ!」
「なんであんたが得意げなの」
「私が最初に見つけたの!」

 なんて、最初のうちは皆も騒がしくはしゃいでいたけれど、次第に声も少なくなっていって。私たち上級生が地面に腰を下ろせば、他の皆もつられるように座り始める。静かな空間に、満点の星空。落ち込んだ気持ちが少しずつ癒されていくような気がした。

「……なんかさぁ、空って広いんね」
「そりゃあ、まぁ……」
「この空の向こうに、もっと広大な宇宙が広がってるわけじゃん? そう思うとさ、私らの悔しい気持ちなんて、ちっぽけなもんだなぁ、って思うよね」

 鞄を枕にして転がりながら空を眺めているチームメイトが、私にだけ聞こえるような小さな声で言う。私は彼女の言葉に返答せず、同じように鞄を枕にして空を眺めた。
 ここから見える星は、近いように見えて気が遠くなるほど遥かかなたでその身を燃やしている。広大な宇宙。彼女の言う通り、そんな広い宇宙に比べれば私たちの心はなんてちっぽけで小さいのだろう。それはそう。何も間違ってはいないんだろう。けど。

「……それでも、悔しいもんは悔しいでしょ」

 拗ねたような口ぶりになってしまって、ふい、と顔を背ける。隣りの彼女はそんな私の様子に何を思ったのか、そうだね、と優しく私の頭を撫でた。それが暖かくて、ちょっとだけ涙が出たのは秘密。

+++

「さ、帰るか!」

 ともすればこのまま眠ってしまいそうな穏やかな空気が流れて、皆を慌てて起こした。大きなあくびをしたり目をこすったり、だらだらしながら皆が立ち上がったところで、視界の隅できらりと何かがきらめいた。

「あ、流れ星!」

 今度は一度にとどまらず二度、三度と星が流れていく。すっかり気分が立ち直った様子の皆は、手を合わせて願いを唱えていた。

「次は絶対優勝できますように!」
「そんなの、星に願わなくても私たちなら叶えられるし」
「それもそっか!」

 頼もしいチームメイトたち。もう負ける気がしなかった。

ゆきこFiache.編集部

Fiache.編集部。冬生まれで好きなひらがなは「ゆ」。趣味は読書、ゲームなど。三度の飯より寝ることが好きで、隙あらば寝ている。もはや睡眠が趣味といっても過言ではない。

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