Fiache. Short Story
― なんでもない日の物語 ―

おいしいバウムクーヘンの食べ方

 バウムクーヘンは一枚一枚剥がして食べるのが好き。
 そう言ったら友達に鼻で笑われた。汚いだとか、時間の無駄だとか、子供っぽいだとか。なにもそこまで言わなくてもいいじゃないかと思ったが、私はその言葉に怒ることも反論することもなく、ただ曖昧に相槌を打って聞いていた。

 いつもの通学路を軽い足取りで歩いていく。何を言われたって今日は許してあげる。だって今日は金曜日だから。ルン。鼻唄を歌いながら家の扉を開けて、廊下の向こうに「ただいま」と叫ぶ。お母さんの「おかえり」を聞きながらバタバタと階段を駆け上がってランドセルを放り投げ、またバタバタと階段を駆け下りて石鹸で手を洗って、うがいも忘れずに。走るんじゃないと怒られたけど、そんなの痛くも痒くもない。なんせ今日は金曜日なので。
 リビングではお母さんが夕飯の支度をしている。目に見えてソワソワしている私を見て、呆れたように笑いながら先にお風呂に入りなさいと言う。時計の針はまだ4時を少し回ったところだ。大人しく言うことを聞くことにした。
 お風呂から上がってテレビを見ていても、どうにも落ち着かなくて部屋中をウロウロと歩き回る。カチコチ、時を刻む音がいやに響いて聞こえた。意識すればするほど時間が遅く流れていく気がして、無心になるためにお母さんの手伝いをすることにした。テーブルを綺麗にして、お箸を並べて、おかずを運んで。慌ただしく動いていれば、時間はあっという間に過ぎていく。
 次に時計を見た時は、ちょうど7時を示していた。たぶんもう少し。椅子に座ってちょっとだけ足を揺らしてその時を待っていると、ガチャリと扉を開く音がした。文字通り飛び上がって「おかえり」を叫びながら大慌てで駆けていく。走るなとまた怒られたが聞こえないふりをする。廊下を抜け、玄関に顔を出すと、お父さんがにっこりと微笑んで「ただいま」と言った。手には白い箱。私はまた飛び跳ねて、そんな私の姿にお父さんは声を上げて笑った。
 箱を受け取りながら、お父さんにちゃんと手を洗うよう念押しして、大事に大事にリビングに運ぶ。待ち遠しいけれどこいつの出番はまだ先だ。お父さんがお風呂に入っている間にご飯とみそ汁を盛りつけて、さあまずは夕飯を食べよう。
 食卓に三人揃ったところで、手を合わせて元気よくいただきます。テーブルの隅に置いてある白い箱を横目に、あっという間に夕飯を平らげた。
 きちんとご馳走様をしてから再びテーブルを綺麗にする。お皿を並べ、フォークを置き、待ってましたと箱の中から宝物を取り出した。
 まあるくて大きい、バウムクーヘン。
 カットボードとナイフも用意して、これで準備OK。切り分けるのはお父さんの仕事だ。あまりの手際の良さに、お母さんがあんたは本当にバウムクーヘンが好きね、と笑う。私は返事の代わりに笑顔を返した。

 バウムクーヘンはお父さんの手によって三つに切り分けられた。専用にしている綺麗なお皿に盛りつけられたバウムクーヘンは、私の目には宝石のようにキラキラして見える。フォークを構えて、今日は内側か外側か、どっちから食べてやろうかと目を輝かせる私を、お父さんとお母さんは静かに微笑みながら見つめていた。
 いつも夜遅く帰ってくるお父さんは、毎週金曜日だけは早く仕事を切り上げて、バウムクーヘンを買って帰ってくる。それを夕飯のあとに食べるのが恒例になっていた。
 私がバウムクーヘンを食べている間は、お母さんも家事をお休みして一緒に食べる。私はこの時間が、家族みんなでバウムクーヘンを食べながらお話する時間が、世界で一番好き。
 一週間分のあらゆる出来事を二人に話して聞かせながら、今日も私はゆっくりと、丁寧に、たっぷり時間をかけて、バウムクーヘンを一枚一枚剥がしてから食べるのだ。

ゆきこFiache.編集部

Fiache.編集部。冬生まれで好きなひらがなは「ゆ」。趣味は読書、ゲームなど。三度の飯より寝ることが好きで、隙あらば寝ている。もはや睡眠が趣味といっても過言ではない。

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