【短編小説】世界一鈍感な男
「チョコレートがほしい!!!!」
机の上に突っ伏して叫んだ俺を実に冷めた目で見やった隣の席の友人は、何も言わずにスマホに視線を戻した。俺が話しているというのにずっと弄っているスマホの先には、それはそれはカワイイ彼女がいるのだろう。くそ、...
【短編小説】星に願いを
夜の冷たい空気が肺に沁みていく。町から離れた山の中、見上げた星空は息を呑むほど美しかった。
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暗い帰り道、重い足取りでとぼとぼと俯きながら歩く。口を開くものは誰もいない。沈んだ心に、持っている荷物までずしんと重みが増していく気...
【短編小説】さよならは言わない
防波堤の上を器用にバランスを取りながら、彼女は私の前を歩いている。夕日に照らされて輝く黒髪が、冷たい潮風になびいた。赤いマフラーを揺らしながら、彼女は一歩一歩、確かめるように歩いた。
「来週引っ越すんだよね」
世間話の延長上に放り投げら...
【短編小説】おいで
雨。雨だ。燦燦と日の光が降り注ぐ中、ぽつり、ぽつりと細かい雨粒が髪を濡らす。天気雨、狐の嫁入り。あとは何だっけ、なんてのんきに考えていれば、途端にバケツをひっくり返したような豪雨に変わり、慌てて駅に駆け込んだ。駅の近くでよかった。以前ゲリ...
【短編小説】もしもし、久しぶり。
どんよりとした厚い雲に覆われた夜空、僅かにちらつく白い雪。なんともロマンティックな、本日はホワイトクリスマスである。駅前に降り立った私は、睨みつけるように空を仰いだ。
「最悪だ……」
もはやあと数十分で日付が変わろうという時間、クリスマ...
【短編小説】低空飛行
「お前、ギターなんか弾けたん」
ぽかぽかと暖かな日差しが降り注ぐ昼下がり。他人のベッドを我が物顔で占領しているそいつは、俺の問いかけに対して返事の代わりにふふん、とご機嫌に鼻を鳴らした。つるりとした光沢を放つアコースティックギター。汚れら...
【短編小説】おいしいバウムクーヘンの食べ方
バウムクーヘンは一枚一枚剥がして食べるのが好き。
そう言ったら友達に鼻で笑われた。汚いだとか、時間の無駄だとか、子供っぽいだとか。なにもそこまで言わなくてもいいじゃないかと思ったが、私はその言葉に怒ることも反論することもなく、ただ曖昧に...